ハバナへ

 1998年1月、念願叶い実現したメキシコ旅行。まずはキューバ行きの手配をしてから、国内の遺跡巡りをするつもりでした。ところがこの時、ローマ法王のキューバ訪問を翌週に控え、チケットは「All Full」。やっと手配が出来たのはユカタン半島のメリダ、彼が帰国して数日後のことです。その上チケットを手にしたのは”当日の朝”なのですから、飛行機に乗り込むまでヒヤ汗をかき通しのキューバ行きになってしまいました。

 ハバナに降り立った第一印象は「寒い!」。1月末のキューバの気温は、蒸し暑かったユカタン半島とは上着一枚分は違います。その肌寒さの中、空港から市内へ向かう車中で、最初に目に留まったのがこれ。「あれなんだろう?」。

"メトロ・バス"、こと"カメージョ(ラクダの意)"
“メトロ・バス”、こと”カメージョ(ラクダの意)”
 それがハバナ市民の足、”メトロ・バス”でした。格好からか後尾のマークのせいか、通称が”カメージョ(ラクダの意味)”。トレーラーのようなこの180人乗りのバスは、朝夕の通勤時には「呼吸も出来ないくらい」混むそうです。アメリカによる経済封鎖による外貨不足で、「必要なだけの車両を輸入できない」のが原因らしいのですが、長引く封鎖は政治・経済の問題、と言うより人道問題という意味合いも帯びてきているようです。

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