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これまでの今日この頃

知人のサイト


チョモランマBCへの旅(2000年版)

山の友がまた一人、入院先の病院で亡くなりました。大町山岳博物館創立50周年記念の2000年、一緒にチョモランマBCまで行った「友の会」の仲間です。見舞い用に作った「BCへの旅」。個人用だったのを一部編集し直し一昨日facebookにアップしましたが、見られない友が多いとわかり急遽こちらにも載せることにしました。内容はfacebookと同じです。

チョモランマBCへの旅(3分8秒)

地名、寺院名、標高等は「友の会」報告書に準じました

2000年4月25日 上海空港で最初の集合写真

メンバーの親睦も兼ね、動物園や中国料理を楽しむ

4月26日 チベットの玄関口クンガ空港(標高3570m)

歓迎の白布カタを掛けられ満面の笑み

4月27日 チベット第二の都市シガチェ(標高3836m)

中心は巨大な僧院 タシルンポ寺

4月28日 サキャ南寺の望楼(標高4200m)

徐々に標高が上がり、全員が高山病予防薬を飲む

4月29日 パン・ラ(峠)から観たヒマラヤ山脈(標高5150m)

初めてチョモランマの勇姿を拝む

4月29日 高山病に苦しめながらも14人のメンバー全員で、

チョモランマBCに立つ(標高5250m)

4月30日 チベット第三の都市ギャンツェ(標高3950m)

白居寺(パンコル・チョーデ)見学、1週間ぶりに風呂に入る

5月1日 帰路立ち寄ったヤムドク湖(標高4441m)

「トルコ石の湖」と言う意味だそうですが、曇天でちょっと残念

5月2日 旅の最後はチベットの首都ラサ(標高3650m)

高山病の怖れからも開放され、ポタラ宮見学や買い物を楽しむ

亡くなったS君の祭壇には、MTBで峠を下った時の写真

20年前のチョモランマBC行きを見直すきっかけとなったS君の急逝。お天気とメンバーに恵まれ、彼だけでなく私にとっても貴重な旅だったのだと改めて感じました。それだけに今のチベットがどのような状況なのか、知りたいような知りたくないような複雑な気持ちになってきます。チベットの事をもっと知りたくなった方、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』や『クンドゥン』等のDVDはお薦めです。現在はともかく、過去にどんなことがあったのかを知る手がかりにはなると思います。最後に、S君のご冥福をお祈りいたします。

 

 

ハヤブサ君の狩り失敗

Facebook全盛ですっかりご無沙汰してましたが、先日桜坂劇場市民大学の「野鳥観察講座」で訪問した金武町で興味深い画像が撮れましたので久しぶりにアップします。

獲物を見つめるハヤブサ:金武町(沖縄)田芋畑の用水路

獲物を見つめるハヤブサ:金武町(沖縄)田芋畑の用水路

沖縄では田芋で有名な金武町は、探鳥地としても又有名です。ここの水路の土手で人が近づいても逃げもせず、ウロウロと動き回っているハヤブサを講師の先生が見つけました。どうやら仕留めた獲物が用水路に落ち、どう引き上げようかと思案中のようです。車を停めて観察すること10分、

獲物に飛びついたハヤブサ

獲物に飛びついたハヤブサ

意を決したように獲物に飛びついたので、このまま引き上げるかとカメラを回し続けましたが、、、、、、、さてその顛末は動画にて御覧ください。

マヌケなハヤブサの動画

美ヶ原と立山

美ヶ原、美しの塔

美ヶ原、美しの塔

尾崎喜八が「美ヶ原熔岩台地」で『登りついて不意にひらけた眼前の風景にしばし世界の天井が抜けたかと思う』と讃えた美ヶ原高原。実は山荘の北向きベランダからは正面に美ヶ原が望めるのです。毎日のように眺めていながら中々足を延ばせなかった高原に、梅雨の合間を狙って出かけてきました。

白樺湖の向こう、右手奥に見えている台地が美ヶ原

白樺湖の向こう、右手奥に見えている台地が美ヶ原

我が家からは眼下に白樺湖、左手に車山、ほぼ正面に美ヶ原が望めます。そしてお天気が良い時だけ、中央奥には白い山が観察できるのですが、長いこと山名同定ができずにいました。ところが先月大町の友人に写真を見せたところ「立山ではないか?」とヒントをもらったのです。立山と言えば富山県にある山岳信仰のメッカ、日本三霊山の一つです。最初は「そんな遠い山が?まさか!?」と思ったのですが、方角的には合っています。それなら美ヶ原に行けば確認できるはず、と出かけることにしました。

山本小屋でもらった散策マップ

山本小屋でもらった散策マップ

白樺湖からはビーナスラインを通って山本小屋付近に車を停め、「いざ出発」。標高2000mの台地上にある散策路、この日は美しの塔を通ってアルプス展望コースで王ヶ鼻に行き、帰路は王ヶ頭経由で駐車場に戻る、と言ったルートをとりました。

右手に見えている重量感のある山塊が立山です

右手に見えている重量感のある山塊が立山です

美しの塔付近からは穂高~槍~常念岳といった北アルプスの山並みが望めましたがその北側、実見して確かめたかった山々は雲に隠れて見えません。でも雲の流れが速かったので「もしかしたら」と牧場の柵にもたれて待つことしばし、やっと撮影できたのがこちらです。中央の雪山ではなく右手に見えているどっしりとした山塊が立山、その手前の尖ったピークが針ノ木岳と思われます。

山荘から見た立山

山荘から見た立山

では山荘から見た山と形を比べてみましょう。白樺湖の写真中央部分をアップで撮ったのがこちらです。2000mの美ヶ原とは標高差400mありますので、針の木岳とのバランスがやや異なりますが確かにこれは立山ですね。これで30年来の疑問が解けました。それにしても直線距離で70㎞も離れている富山県の山が、途中の障害物を上手く避けて見えるなんて「奇跡!!」。

王ヶ鼻からの展望

王ヶ鼻からの展望

アルプス展望コースは道中も素晴らしかったのですが、美ヶ原台地の突端に位置する王ヶ鼻からの眺めはまた格別。眼下には松本平が広がり、正面には北アルプスの山々が聳えています。右手、白雲がかかっているやや左が槍ヶ岳ですから、この時刻には立山方面は全く見えなくなっておりました。あの時待った甲斐があったというものです。

美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」の詩プレート

美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」の詩プレート

最後に、美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」をご紹介しておきます。カタカナ交じりの日本語で(しかも反射していて)ちょっと読みにくいのですが、昭和の香りを感じながら読んでみて下さい。

 

遥けき大町

思いがけない人から連絡をもらったのは昨年の事。長野県大町市にある山岳博物館友の会で一緒だったAさんからで、今年創立40周年を迎えた友の会会報誌『ゆきつばき』に何か寄稿して欲しいとの依頼だった。創立20周年記念の「チョモランマBCへの旅」に参加して以来、もう20年近く友の会を離れており大町にも行ってはいない。一度はお断りしたものの「どんな内容でも構わないから」と言われ『遥けき大町』の題で大町への想いを書いてみた。

大町山岳博物館友の会誌『ゆきつばき」創立40周年記念号

大町山岳博物館友の会誌『ゆきつばき」創立40周年記念号

 

井上靖の「氷壁」を読んで大町に惹かれ山岳小説を読み耽った学生時代、爺が岳山荘でのバイトを経て憧れの大町に親しんでいったこと、友の会に参加してチベット旅行を果たせたこと、そして沖縄居住となった今再び大町が遠くなってしまったこと、等を綴ったものだ。

2001年4月チョモランマBCへの道(パン・ラ峠にて)

2001年4月チョモランマBCへの道(パン・ラ峠にて)

これを読んだチョモランマBCへ一緒に行った仲間から「懐かしい、是非大町に遊びに来て」と連絡が入った。一人からだけだったら電話で昔話をするに留めたかもしれないのだが今回は都合3人から連絡があり里心(?)に火が付いた。行事ボランティアや畑仕事で忙しい方々なので、何度か予定のすり合わせをして先週末に大町に出向いた。

大町山岳博物館併設カフェ「モルゲンロート」

大町山岳博物館併設カフェ「モルゲンロート」

宿泊先の友人の別荘には5人が集まりスライドで友の会の歩みを辿り、翌日は諏訪から駆けつけてくれたKさんも交え山博のカフェでお喋りを楽しんだ。夕食後は再び友人宅で深夜まで語り、と2泊3日の滞在中は喋りっぱなし。ちょっと喉の調子がおかしかったMさんはとうとう声が出なくなってしまった。翌日耳鼻科に行ってみると「咽頭炎」と診断されたとか。「なるべく喋らないように、だって」と以降はラインでの交信となった。

山岳博物館展望台から望む後立山連邦

山岳博物館展望台から望む後立山連邦

最後の画像は山岳博物館の展望台から見た後立山連峰。中央奥が昔バイトをしていた爺が岳、その右が双耳峰が優美で見飽きなかった鹿島槍ヶ岳、その右が五竜岳、その先が白馬方面だ。今回の再訪で再び大町が近く感じられるようになった。友人って有難いものだ。次回は沖縄に来てもらおう。

野鳥観察会in館山野鳥の森

知人から「最近アップしていないけど元気?」と連絡もらってしまいました。プーケットでのダイビングやシンガポール等、国内外を元気で歩き回っておりますが、どこに行っても連れ合いがリアルタイムでFacebookに投稿。それがほぼ同じアングルの写真なので、当方としましては著しく意欲がそがれてしまっているのが実情です。

館山国民休暇村からの富士夕景

館山国民休暇村からの富士夕景

でも「HP持っている以上、時々は更新しなくては」と反省、先週行った館山をご紹介します。3泊した国民休暇村館山からは東京湾越しに富士が望めます。富士が見えると何か得した気分になりますね。

無料で入館できる「館山野鳥の森」

無料で入館できる「館山野鳥の森」

翌日出かけた館山野鳥の森で「明後日野鳥観察会があるんですよ、お時間あったら参加なさいませんか?」と誘われ、二つ返事で申し込みをしました。

「マテバシイのトンネル」付近を通過中

「マテバシイのトンネル」付近を通過中

観察会の講師は日本野鳥の会のヤマガタさん。午前中は野鳥の森を、午後からは海岸まで歩いて海鳥の観察です。期待して参加したのですが、この日は今年一番の暑さのせいか野鳥は中々姿を見せてくれません。目指すは「オオルリ」でしたが声はすれども姿は見えず状態で前半は終わり、期待した海岸でも観察できたのは沖縄でも馴染みのウミウ、コチドリ、イソシギだけでした。

電線でさえずるカワラヒワ

電線でさえずるカワラヒワ

唯一撮影できたのは、帰路に出会ったカワラヒワ。とっても良い声で長いことさえずってくれ、歩き疲れも吹き飛びました。最後のミーティングで「本日観察できた、もしくは声が確認できた鳥」を教えてもらいましたが、何と全部で29種。そんなにいたのかしら??この日の収穫は「種類によって巣箱の穴の大きさが違う」ことを知ったことでしょうか。山荘付近に多くいるシジュウカラ用の巣箱を2つ買って、山荘まで走りました。

これはびっくり、ニモの大群(鴨川シーワールドにて)

これはびっくり、ニモの大群(鴨川シーワールドにて)

番外ではありますがどうしても見てほしかったのがこの写真。2日目に行った鴨川シーワールドはトロピカルアイランド内の展示なのですが、カクレクマノミのこんな大群初めて見ました!

年賀状2019

明けましておめでとうございます。12月のうちに年賀状を考えるのがどうも苦手で、いつも年が改まってから作ることにしています。今年のテーマは未定でしたが、干支が「亥」と言うことでヤンバルで遭遇したリュウキュウイノシシをまず思い出しました。ヤンバルつながりで写真をチェックし、箱根駅伝を見ながら仕上げた年賀状がこちらです。
2019年(平成31年度)版年賀状2019

2019年(平成31年度)版年賀状2019

集めてみたら貴重な鳥が多かったのでヤンバルの鳥たちとしてイノシシの周りにあしらってみました。リュウキュウイノシシは「やんばる学びの森」近くの林道を走行中飛び出してきたもので、こちらを見つめるきょとんとした眼差しが可愛いでしょう。ヤンバルクイナは安田(あだ、と読みます)にあります「ヤンバルクイナ生態展示学習施設」にいるキョンキョンです。 「人懐っこい性格」(担当者談)で来訪者の人気者だったキョンキョンですが、心臓疾患が見つかったとかで昨年の11月25日をもって引退。その後は1歳のオスが後継者を務めているそうです。尚、リュウキュウオオコノハズクとホントウアカヒゲは家人のを拝借しました。 ではでは、「今年もよろしくお願いします!!」

西郷どん湯

ドラマを通して維新の偉人達に思いを馳せたこの一年、「西郷どん」が終わってしまいちょっぴり寂しいですね。ドラマの影響もあって先月阿蘇旅行を計画した折、彼の故郷鹿児島にも立ち寄ることにしました。鹿児島、桜島、指宿、どこに行っても西郷どん一色で、その人気の高さを実感するとともに敬愛する対象がいる鹿児島の方々を羨ましくも思いました。市内加治屋町にある彼の生家周辺は「維新ふるさとの道」として整備されています。掃き目も清々しいその道を当時の出来事を読み解きながら辿るのは楽しいものでした。

日当山温泉にある西郷どん像

日当山温泉にある西郷どん像

訪問地の中で特に西郷どんを身近に感じたのは、霧島市にある日当山(ひなたやま)温泉。狩りや釣り、そして温泉が好きだった西郷が最も頻繁に訪れた湯治場だそうで下野後にも逗留しています。国道223号線沿いにある可愛らしいこの像は、近くの天降川(あもりがわ)で釣りを楽しんでいた姿でしょうか。でもその心の内は、向かって右に見える看板に書かれた漢詩「垂釣」の一説「誰識高人別天地:清廉な人の心を誰がわかってくれるだろうか』だったのかもしれません。

隆盛の愛した「西郷どん湯」

隆盛の愛した「西郷どん湯」

像とは国道を挟んで建つ西郷どん村のボランティアの方にお勧めの温泉を聞くと「それはもう西郷どん湯でしょう。ここから歩いて5分ほどですから是非入って行って下さい」と言われ早速行ってみました。壁に西郷どんの似顔絵が描かれた旅館の向かいにある小さな共同浴場がその温泉。入口にその由来が書いてありました。

「西郷どん湯」由来

「西郷どん湯」由来

ここに「(前略)憂国の至情を心に秘め(後略)」とあるように、温泉に入りながらも釣りをしながらも日本の将来のことを考えていてくれたのでしょうね。それを心にとどめいざ入浴。湯舟とカランがいくつかあるだけの小さな浴室でしたが、源泉49.6℃のかけ流しは素敵。少し熱めのナトリウム―炭酸水素塩・塩化物泉(脱衣所の成分表による)でお肌すべすべ系の温泉でした。余り期待していなかったのですが(地元の方ごめんなさい)、由緒も泉質もピカ一です。

西郷どんも同じお湯を楽しんだかと思うと体だけでなく心まで暖かくなるようです。入浴料250円で、石鹸・シャンプー・ドライヤー等はありませんでした。今回は阿蘇に向かう途中で見学した出水の鶴も紹介するつもりでしたが「西郷どん湯」の話でいっぱいになってしまいました。と言うことで、鶴の話は又後日。

読谷散歩

2週連続で読谷村の散策に行ってきました。14日は放送大学「旅の会」の「読谷山間切(ゆんたんざまぎり)の歴史散歩」、昨日21日は沖縄ウォーキング協会主催の「比謝川の景観と遺跡を巡るウォーク」です。間切とは琉球王国時代の行政区分で現在の市町村にあたるそうです。

「日本一人口の多い村」としても知られる読谷村は我が家から車で30分ほど。何度も行ったことはある地域とはいえ、残波岬や座喜味城といった有名観光地しか知りません。14日の講師は郷土史家伊敷氏で、ガイドブックにはない話が沢山聞けて充実の1日となりました。

阿麻和利の墓の前で熱く語る伊敷先生

阿麻和利の墓の前で熱く語る伊敷先生

琉球王国時代の役所跡、「喜納番所」からスタートした歴史散歩。尚巴志(第一尚氏王朝の二代目で、1429年琉球で初めて統一王朝を成立させた)の墓~勝連城主阿麻和利の墓~琉球三線の開祖を祀った赤犬子宮~残波岬~渡久地泊グスク~比謝橋と巡りました。尚巴志王の墓は嘉手納弾薬庫地区にありますが、「黙認耕作地」とされ一般でも通行可能だそうです。

伊敷先生の知識は豊富で移動の車中でも読谷の歴史を熱く語ってくれました。中でも印象的だったのは「この地域は古代通貨タカラガイの積出港として栄えていました。タカラガイの古語カリーと場所のナが合わさり、タカラガイ集積地の意味を持つカリーナが転化して嘉手納(カデナ)になったんですよ」と言う説明です。後は「沖縄の地名は薩摩が適当に漢字を当てはめた物が多いから漢字に惑わされないように」と言われたことでしょうか。アイヌ語に漢字を当てた北海道の地名と通じるものがあり記憶に残りました。

比謝川ウォークマップ

比謝川ウォークマップ

21日は比謝川ウォーク。イオン読谷店をスタートして最初の史跡が、前週最後の訪問地だった比謝川の吉屋チルー歌碑でした。『沖縄本島一流域面積が広い』比謝川ですが、58号線に架かる橋から見ると左程の川幅はありません。歌碑はこの橋のたもとに建っています。

吉屋チルー歌碑

吉屋チルー歌碑

吉屋チルーは17世紀に生きた琉歌の歌人。8歳で那覇の遊郭に売られた時「うらむ比謝橋や 情け無いぬ人の わぬ渡さともて かけておきやら」と詠んだとされます。「私を渡そうと思ってこの橋を架けたのでしょうか、比謝橋を作った人が恨めしい」と言った意味のようです。

吉屋チルー歌碑解説文

吉屋チルー歌碑解説文

ここからは「比謝川に沿った遊歩道を歩くコース」のはずでしたが、遊歩道は「落石の危険があるため閉鎖」でしたし、閉鎖区間を迂回して降りる階段も倒木のため通行不能の状態。先月末の台風24号と思われますが、その後始末がまだまだ終わっていないようですね。

倒木で通せんぼされていた階段

倒木で通せんぼされていた階段

道具がないと無理かと思われた倒木の除去ですが、先頭集団が奮闘してくださったおかげで何とか人一人なら通れる空間が確保できました。一人ひとり慎重に通過して、数十名の参加者全員が川べりまで降りることができました。この後もう1か所「通行禁止」の場所があって幹事さん方は右往左往で大変なようでしたが、いつもと違ったウォーキングに皆さん生き生き、こんなハプニングもたまには良いものですね。

比謝川遊歩道を行く

比謝川遊歩道を行く

ここからは比謝大橋を渡って浜まで歩き、先週も見学した渡久地泊グスクと今帰仁按司丘春の墓を回ってスタート地点に戻りました。今日は6.5キロコースだったのですが、迂回や右往左往がありましたからもう少し歩いた気がします。倒木対策に時間がかかったせいか到着が予定より大幅に遅れ、いつもは全員で行う整理体操は中止で五月雨解散となりました。幹事の皆さんお世話様でした!

地震直後の北海道旅行

地震から3週間が過ぎほぼ日常生活が戻ったと報じられている北海道ですが、観光客の落ち込みに苦慮しているとのニュースも流れ気になってしかたありません。実は、地震直後の北海道を旅行してきたばかりだからです。政府も明日10月1日から「北海道復興割」の支援策を表明しています。『観光客の宿泊代金を1泊当たり最大2万円補助すること』等を柱とした対策です。

ただ災害時はお上のお達しより、風評や口コミの方が早く隅々まで伝わるもの。だから風評被害は怖いのです。で今回は、地震発生の4日後に訪問した北海道旅行の様子をお伝えし北海道へのエールにしたいと思います。

有珠山展望台からの洞爺湖と昭和新山

有珠山展望台からの洞爺湖と昭和新山

スリランカの知人を沖縄に迎えたのは今月5日。北海道は「沖縄以外の日本も見てほしい」と前々から旅行計画を立てていた場所です。ところが、到着2日後に地震が起こったのです。他の地域への振替えも考えましたが、話し合いの結果「こんな時こそ行ったほうが良い」と決まり、内心は不安いっぱいで飛行機に乗りました。

初日の宿泊先は支笏湖休暇村。事前のやり取りで「食事は用意できないかもしれません」と聞いていたのでスナック菓子など非常食を持ち込んでいましたが、「今夜から通常メニューを提供できます」とのことでホッとしました。翌日訪問した昭和新山と有珠山は晴天で快適。でもトウキビを売っていた方によると「観光バスのキャンセルが多くて客が少ないんだよ。ここは大丈夫なのにね」と残念そうでした。

ライトアップなしの小樽運河

ライトアップなしの小樽運河

2日目の宿は小樽です。ホテルで聞くと「停電が40時間も続き大変でした」とのことでしたが、前日から通常営業開始だったそうです。宿の裏手にある小樽運河もライトアップ自粛中でしたし、近くのビアホールも客がほとんどいなくて開店休業状態。ちょっと寂しい気もしましたが、観光協会のサイトによると「15日からは再開」となっていますから多分今は大丈夫。

日本の渚百選にも選ばれた島武意海岸

日本の渚百選にも選ばれた島武意海岸

3日目は積丹半島ドライブです。神威岬と余市のウィスキー工場見学後に札幌に向かう予定で出発しましたが、途中で「日本の渚百選」と言う看板を見つけ寄ってみました島武意海岸。沖縄の海もきれいですが、こちらの水の色も又格別。透明度が高くてきれいでしたね。札幌住まいの兄から「札幌では乳製品が不足しているからソフトクリームは食べられないかも」と聞いていましたが、ここのレストハウスでは食べられました!

水無立岩の向こうに見えているのが島武意海岸のある積丹岬

水無立岩の向こうに見えているのが島武意海岸のある積丹岬

お次が神威岬。駐車場から起伏のある尾根道を30分ほど歩かなくてはいけないのですが、招待したUBさんは見ただけでギブアップ。私達だけで岬に向かいました。途中の展望は素晴らしいもので、ここは岸壁下部にある念仏トンネルが見通せるビューポイント。先ほど立ち寄った積丹岬も遠くに見えています。

神居岩

神居岩

神威岩はYH利用で全国を歩いていた時にも訪問しているのですが、その時は確か尾根道ではなくあの真っ暗な念仏トンネルを抜け海岸沿いに歩いたと思うのですが・・・・。記憶が定かではありません。さて、シャコタンブルーの海に聳える神居岩、何回来て見ても神々しくて心が洗われますね。駐車場まで来ていてこれを見ないなんて、「仁和寺の法師」のようです。

札幌駅近くのコンビニ店内

札幌駅近くのコンビニ店内

余市のウィスキー工場見学を楽しみにしていたのですが、連絡してみると「地震で一部施設に被害がでたため14日まで見学はできません」とのこと。残念ですがこればかりは仕方ない、少し早めに札幌に向かいました。ここまでほとんど地震の影響を感じずに旅行を続けてきましたが、駅近くのコンビニ店内はほとんど品物がありませんでした。翌日別のコンビニに寄るとこちらは品数も多く、被害状況を尋ねてみると「今夕から正常の配送になりますからもう大丈夫です」とのこと。日を追うごとに地震から立ち直っている様子がコンビニの店内からもうかがえました。

3階のレストラン街閉鎖中の新千歳空港

3階のレストラン街閉鎖中の新千歳空港

4日目は札幌市内、5日目は旭川まで走って旭山動物園を見て歩きました。動物園での地震被害はほとんどなかったそうですが、ここでも観光客が少ないのが気になりました。人気のペンギン館もホッキョクグマ館もアザラシ館も、もぐもぐタイムですら最前列で見ることができる。人が少ないのは見学者にとって有難い一面もありますが、やはりここは混雑してないとな、って思ってしまいました。

最終日の6日目の富良野からは観光をせず、無事の旅行終了を祝おうとひたすら空港を目指しました。ところがところがです。『商業エリアの消防施設の障害修復に時間を要するため』で3階のレストランエリアは閉鎖中。それでも21日以降は順次再開されているそうですので、政府の「北海道復興割」を利用してお出かけ下さい。

さよなら北海道!

さよなら北海道!

出会った方々に「こんな時に来てくれてありがとう」と感謝され、お天気にも恵まれた今回の北海道旅行。さようなら、そしてありがとう。北海道の方々も皆さんを待っています、旅行しに出かけてくださいね!!

 

 

 

裏真栄田ビーチ

4年前に居を移してから初めて、7月8月を沖縄で過ごしています。7月末からお盆明けまで来客が連続したからで、先週までは民宿のおばさん状態で1日数回の洗濯に明け暮れていました。「暑い夏」と言っても今年の沖縄は概して本土より気温が低く、娘たちは「沖縄に避暑に来た」と言っておりました。

干潮の裏真栄田ビーチ

干潮の裏真栄田ビーチ

3週間で同行しました場所は、瀬底島、美ら海水族館、金武町のキャンプ場、水納島シュノーケリングツアー、海洋博公園の謎解きアドベンチャー、図書館etc.と盛りだくさん。中でも気に入り何度か足を運んだのは裏真栄田ビーチです。青の洞窟で有名な真栄田岬から徒歩5分。売店もトイレ・シャワーもないのですがその分静かで、シュノーケリングを始め磯遊びには最適な海岸です。

巣穴(?)から顔をだすニセクロスジギンポ

巣穴(?)から顔をだすニセクロスジギンポ

リーフで囲まれたビーチは波も穏やかで、真栄田岬が遊泳禁止になった場合はここでダイビングの講習も行われていました。3回目の訪問だった昨日はリーフまで歩いていけそうな干潮で、タコを捕るお母さん方も見受けました。写真は巣穴から顔を出すニセクロスジギンポです。

ひょうきんな顔をしたヤエヤマギンポ

ひょうきんな顔をしたヤエヤマギンポ

干潮ですと所々に岩礁が顔を出しシュノーケリングはしにくいのですが、その分魚たちを近くで見られます。この日は今まで気づかなかった海底付近にいる魚や穴に潜んでいる魚も観察することができました。こちらのヤエヤマギンポは体色は地味ですが、よく見ると目の周りの色や頭上の皮弁がお化粧したみたいで可愛らしい。下半身の側線に沿った青色班もお洒落ですよ。

砂底に穴を掘っていたサラサハゼ

砂底に穴を掘っていたサラサハゼ

口で砂を咥えては吐き出し、巣穴作りをしていたのはサラサハゼ。写真では体色が黒っぽく見えますが、個体により『色彩は変異に富み』、その名は『緑褐色のような縦帯が更紗模様に似ている』ところから来ているそうです。

体側の青色班が特徴のスミツキトノサマダイ

体側の青色班が特徴のスミツキトノサマダイ

この日は本当に見られる魚の種類が多くて目移りしてしまうほど。最初はどれも同じに見えていた水族館等でお馴染みの熱帯魚、チョウチョウウオ科の魚たちも写真に撮って図鑑で調べてみると色合いや模様、斑紋が微妙に違います。間違い探しのようなニラメッコ作業で、こちらは『青色班が特徴』のスミツキトノサマダイと同定できました。

ご紹介した以外にも『日本産ダツ科の魚で一番細い』ヒメダツ、『タツノオトシゴの仲間』のヨウジウオ、『虫食い模様のある』アミアイゴ等々観察できましたが、見た途端に「ギョギョ」とした本日のトップは、『トゲに猛毒がある』海の危険生物ミノカサゴです。トンネル状になった穴の奥にユラユラ漂う美しい2個体を見た時は、写真を撮るより離れることを考えてしまいました。結局数枚撮った写真はどれもピンぼけで残念無念。次回を期します!