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弥生の王国

 古代史の中で最も好きな時代は縄文、次いで縄文から弥生への移行期です。青森の三内丸山、秋田の大湯環状列石からはじまって、環状列柱を求めて行った能登真脇に金沢チカモリ、ヒスイの勾玉工房を訪ねての富山寺地、新潟の長者が原、そして最古の国宝”縄文のヴィーナス“がある尖石遺跡、と興味の趣くままに見て回りました。

 そのうち(列柱・勾玉の次)にアンテナに引っかかってきたのが、縄文の”縄”と弥生の”鉄”でした。 2000年11月、その”縄”が初めて発見された若狭の鳥浜貝塚への旅を、奥出雲の”鉄の道文化圏“探訪と絡めて計画しました。
「保存か開発」かで揺れていた"妻木晩田遺跡"
「保存か開発」かで揺れていた”妻木晩田遺跡”
 旅行中、加茂岩倉・荒神谷遺跡が奥出雲にあること、「保存か開発」かで揺れていた”妻木晩田遺跡”の保存が決まり、一部が公開されていること、などが判明。”縄”と”鉄”だけのつもりが、行く先々で見たい場所が増え、時間配分には苦労しました。期待して行っても収穫がなく、予定の半分で済んでしまった施設もあれば、飛び込みで行った先で貴重なお話が聞け、あっという間に時間が経ってしまった、と言う場所もありますからね。

 その中で、今でも悔やまれる最大のミスは、せっかく荒神谷遺跡まで行っていながら、時計ばかりが気になって展示室を見落としてきてしまったこと。これもまた、出雲再訪の口実が出来たと思えば「マッ、良いか」。

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