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チョモランマBCへの旅(2000年版)

山の友がまた一人、入院先の病院で亡くなりました。大町山岳博物館創立50周年記念の2000年、一緒にチョモランマBCまで行った「友の会」の仲間です。見舞い用に作った「BCへの旅」。個人用だったのを一部編集し直し一昨日facebookにアップしましたが、見られない友が多いとわかり急遽こちらにも載せることにしました。内容はfacebookと同じです。

チョモランマBCへの旅(3分8秒)

地名、寺院名、標高等は「友の会」報告書に準じました

2000年4月25日 上海空港で最初の集合写真

メンバーの親睦も兼ね、動物園や中国料理を楽しむ

4月26日 チベットの玄関口クンガ空港(標高3570m)

歓迎の白布カタを掛けられ満面の笑み

4月27日 チベット第二の都市シガチェ(標高3836m)

中心は巨大な僧院 タシルンポ寺

4月28日 サキャ南寺の望楼(標高4200m)

徐々に標高が上がり、全員が高山病予防薬を飲む

4月29日 パン・ラ(峠)から観たヒマラヤ山脈(標高5150m)

初めてチョモランマの勇姿を拝む

4月29日 高山病に苦しめながらも14人のメンバー全員で、

チョモランマBCに立つ(標高5250m)

4月30日 チベット第三の都市ギャンツェ(標高3950m)

白居寺(パンコル・チョーデ)見学、1週間ぶりに風呂に入る

5月1日 帰路立ち寄ったヤムドク湖(標高4441m)

「トルコ石の湖」と言う意味だそうですが、曇天でちょっと残念

5月2日 旅の最後はチベットの首都ラサ(標高3650m)

高山病の怖れからも開放され、ポタラ宮見学や買い物を楽しむ

亡くなったS君の祭壇には、MTBで峠を下った時の写真

20年前のチョモランマBC行きを見直すきっかけとなったS君の急逝。お天気とメンバーに恵まれ、彼だけでなく私にとっても貴重な旅だったのだと改めて感じました。それだけに今のチベットがどのような状況なのか、知りたいような知りたくないような複雑な気持ちになってきます。チベットの事をもっと知りたくなった方、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』や『クンドゥン』等のDVDはお薦めです。現在はともかく、過去にどんなことがあったのかを知る手がかりにはなると思います。最後に、S君のご冥福をお祈りいたします。

 

 

ハヤブサ君の狩り失敗

Facebook全盛ですっかりご無沙汰してましたが、先日桜坂劇場市民大学の「野鳥観察講座」で訪問した金武町で興味深い画像が撮れましたので久しぶりにアップします。

獲物を見つめるハヤブサ:金武町(沖縄)田芋畑の用水路

獲物を見つめるハヤブサ:金武町(沖縄)田芋畑の用水路

沖縄では田芋で有名な金武町は、探鳥地としても又有名です。ここの水路の土手で人が近づいても逃げもせず、ウロウロと動き回っているハヤブサを講師の先生が見つけました。どうやら仕留めた獲物が用水路に落ち、どう引き上げようかと思案中のようです。車を停めて観察すること10分、

獲物に飛びついたハヤブサ

獲物に飛びついたハヤブサ

意を決したように獲物に飛びついたので、このまま引き上げるかとカメラを回し続けましたが、、、、、、、さてその顛末は動画にて御覧ください。

マヌケなハヤブサの動画

美ヶ原と立山

美ヶ原、美しの塔

美ヶ原、美しの塔

尾崎喜八が「美ヶ原熔岩台地」で『登りついて不意にひらけた眼前の風景にしばし世界の天井が抜けたかと思う』と讃えた美ヶ原高原。実は山荘の北向きベランダからは正面に美ヶ原が望めるのです。毎日のように眺めていながら中々足を延ばせなかった高原に、梅雨の合間を狙って出かけてきました。

白樺湖の向こう、右手奥に見えている台地が美ヶ原

白樺湖の向こう、右手奥に見えている台地が美ヶ原

我が家からは眼下に白樺湖、左手に車山、ほぼ正面に美ヶ原が望めます。そしてお天気が良い時だけ、中央奥には白い山が観察できるのですが、長いこと山名同定ができずにいました。ところが先月大町の友人に写真を見せたところ「立山ではないか?」とヒントをもらったのです。立山と言えば富山県にある山岳信仰のメッカ、日本三霊山の一つです。最初は「そんな遠い山が?まさか!?」と思ったのですが、方角的には合っています。それなら美ヶ原に行けば確認できるはず、と出かけることにしました。

山本小屋でもらった散策マップ

山本小屋でもらった散策マップ

白樺湖からはビーナスラインを通って山本小屋付近に車を停め、「いざ出発」。標高2000mの台地上にある散策路、この日は美しの塔を通ってアルプス展望コースで王ヶ鼻に行き、帰路は王ヶ頭経由で駐車場に戻る、と言ったルートをとりました。

右手に見えている重量感のある山塊が立山です

右手に見えている重量感のある山塊が立山です

美しの塔付近からは穂高~槍~常念岳といった北アルプスの山並みが望めましたがその北側、実見して確かめたかった山々は雲に隠れて見えません。でも雲の流れが速かったので「もしかしたら」と牧場の柵にもたれて待つことしばし、やっと撮影できたのがこちらです。中央の雪山ではなく右手に見えているどっしりとした山塊が立山、その手前の尖ったピークが針ノ木岳と思われます。

山荘から見た立山

山荘から見た立山

では山荘から見た山と形を比べてみましょう。白樺湖の写真中央部分をアップで撮ったのがこちらです。2000mの美ヶ原とは標高差400mありますので、針の木岳とのバランスがやや異なりますが確かにこれは立山ですね。これで30年来の疑問が解けました。それにしても直線距離で70㎞も離れている富山県の山が、途中の障害物を上手く避けて見えるなんて「奇跡!!」。

王ヶ鼻からの展望

王ヶ鼻からの展望

アルプス展望コースは道中も素晴らしかったのですが、美ヶ原台地の突端に位置する王ヶ鼻からの眺めはまた格別。眼下には松本平が広がり、正面には北アルプスの山々が聳えています。右手、白雲がかかっているやや左が槍ヶ岳ですから、この時刻には立山方面は全く見えなくなっておりました。あの時待った甲斐があったというものです。

美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」の詩プレート

美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」の詩プレート

最後に、美しの塔にはめ込まれた「美ヶ原熔岩台地」をご紹介しておきます。カタカナ交じりの日本語で(しかも反射していて)ちょっと読みにくいのですが、昭和の香りを感じながら読んでみて下さい。

 

野鳥観察会in館山野鳥の森

知人から「最近アップしていないけど元気?」と連絡もらってしまいました。プーケットでのダイビングやシンガポール等、国内外を元気で歩き回っておりますが、どこに行っても連れ合いがリアルタイムでFacebookに投稿。それがほぼ同じアングルの写真なので、当方としましては著しく意欲がそがれてしまっているのが実情です。

館山国民休暇村からの富士夕景

館山国民休暇村からの富士夕景

でも「HP持っている以上、時々は更新しなくては」と反省、先週行った館山をご紹介します。3泊した国民休暇村館山からは東京湾越しに富士が望めます。富士が見えると何か得した気分になりますね。

無料で入館できる「館山野鳥の森」

無料で入館できる「館山野鳥の森」

翌日出かけた館山野鳥の森で「明後日野鳥観察会があるんですよ、お時間あったら参加なさいませんか?」と誘われ、二つ返事で申し込みをしました。

「マテバシイのトンネル」付近を通過中

「マテバシイのトンネル」付近を通過中

観察会の講師は日本野鳥の会のヤマガタさん。午前中は野鳥の森を、午後からは海岸まで歩いて海鳥の観察です。期待して参加したのですが、この日は今年一番の暑さのせいか野鳥は中々姿を見せてくれません。目指すは「オオルリ」でしたが声はすれども姿は見えず状態で前半は終わり、期待した海岸でも観察できたのは沖縄でも馴染みのウミウ、コチドリ、イソシギだけでした。

電線でさえずるカワラヒワ

電線でさえずるカワラヒワ

唯一撮影できたのは、帰路に出会ったカワラヒワ。とっても良い声で長いことさえずってくれ、歩き疲れも吹き飛びました。最後のミーティングで「本日観察できた、もしくは声が確認できた鳥」を教えてもらいましたが、何と全部で29種。そんなにいたのかしら??この日の収穫は「種類によって巣箱の穴の大きさが違う」ことを知ったことでしょうか。山荘付近に多くいるシジュウカラ用の巣箱を2つ買って、山荘まで走りました。

これはびっくり、ニモの大群(鴨川シーワールドにて)

これはびっくり、ニモの大群(鴨川シーワールドにて)

番外ではありますがどうしても見てほしかったのがこの写真。2日目に行った鴨川シーワールドはトロピカルアイランド内の展示なのですが、カクレクマノミのこんな大群初めて見ました!

読谷散歩

2週連続で読谷村の散策に行ってきました。14日は放送大学「旅の会」の「読谷山間切(ゆんたんざまぎり)の歴史散歩」、昨日21日は沖縄ウォーキング協会主催の「比謝川の景観と遺跡を巡るウォーク」です。間切とは琉球王国時代の行政区分で現在の市町村にあたるそうです。

「日本一人口の多い村」としても知られる読谷村は我が家から車で30分ほど。何度も行ったことはある地域とはいえ、残波岬や座喜味城といった有名観光地しか知りません。14日の講師は郷土史家伊敷氏で、ガイドブックにはない話が沢山聞けて充実の1日となりました。

阿麻和利の墓の前で熱く語る伊敷先生

阿麻和利の墓の前で熱く語る伊敷先生

琉球王国時代の役所跡、「喜納番所」からスタートした歴史散歩。尚巴志(第一尚氏王朝の二代目で、1429年琉球で初めて統一王朝を成立させた)の墓~勝連城主阿麻和利の墓~琉球三線の開祖を祀った赤犬子宮~残波岬~渡久地泊グスク~比謝橋と巡りました。尚巴志王の墓は嘉手納弾薬庫地区にありますが、「黙認耕作地」とされ一般でも通行可能だそうです。

伊敷先生の知識は豊富で移動の車中でも読谷の歴史を熱く語ってくれました。中でも印象的だったのは「この地域は古代通貨タカラガイの積出港として栄えていました。タカラガイの古語カリーと場所のナが合わさり、タカラガイ集積地の意味を持つカリーナが転化して嘉手納(カデナ)になったんですよ」と言う説明です。後は「沖縄の地名は薩摩が適当に漢字を当てはめた物が多いから漢字に惑わされないように」と言われたことでしょうか。アイヌ語に漢字を当てた北海道の地名と通じるものがあり記憶に残りました。

比謝川ウォークマップ

比謝川ウォークマップ

21日は比謝川ウォーク。イオン読谷店をスタートして最初の史跡が、前週最後の訪問地だった比謝川の吉屋チルー歌碑でした。『沖縄本島一流域面積が広い』比謝川ですが、58号線に架かる橋から見ると左程の川幅はありません。歌碑はこの橋のたもとに建っています。

吉屋チルー歌碑

吉屋チルー歌碑

吉屋チルーは17世紀に生きた琉歌の歌人。8歳で那覇の遊郭に売られた時「うらむ比謝橋や 情け無いぬ人の わぬ渡さともて かけておきやら」と詠んだとされます。「私を渡そうと思ってこの橋を架けたのでしょうか、比謝橋を作った人が恨めしい」と言った意味のようです。

吉屋チルー歌碑解説文

吉屋チルー歌碑解説文

ここからは「比謝川に沿った遊歩道を歩くコース」のはずでしたが、遊歩道は「落石の危険があるため閉鎖」でしたし、閉鎖区間を迂回して降りる階段も倒木のため通行不能の状態。先月末の台風24号と思われますが、その後始末がまだまだ終わっていないようですね。

倒木で通せんぼされていた階段

倒木で通せんぼされていた階段

道具がないと無理かと思われた倒木の除去ですが、先頭集団が奮闘してくださったおかげで何とか人一人なら通れる空間が確保できました。一人ひとり慎重に通過して、数十名の参加者全員が川べりまで降りることができました。この後もう1か所「通行禁止」の場所があって幹事さん方は右往左往で大変なようでしたが、いつもと違ったウォーキングに皆さん生き生き、こんなハプニングもたまには良いものですね。

比謝川遊歩道を行く

比謝川遊歩道を行く

ここからは比謝大橋を渡って浜まで歩き、先週も見学した渡久地泊グスクと今帰仁按司丘春の墓を回ってスタート地点に戻りました。今日は6.5キロコースだったのですが、迂回や右往左往がありましたからもう少し歩いた気がします。倒木対策に時間がかかったせいか到着が予定より大幅に遅れ、いつもは全員で行う整理体操は中止で五月雨解散となりました。幹事の皆さんお世話様でした!

裏真栄田ビーチ

4年前に居を移してから初めて、7月8月を沖縄で過ごしています。7月末からお盆明けまで来客が連続したからで、先週までは民宿のおばさん状態で1日数回の洗濯に明け暮れていました。「暑い夏」と言っても今年の沖縄は概して本土より気温が低く、娘たちは「沖縄に避暑に来た」と言っておりました。

干潮の裏真栄田ビーチ

干潮の裏真栄田ビーチ

3週間で同行しました場所は、瀬底島、美ら海水族館、金武町のキャンプ場、水納島シュノーケリングツアー、海洋博公園の謎解きアドベンチャー、図書館etc.と盛りだくさん。中でも気に入り何度か足を運んだのは裏真栄田ビーチです。青の洞窟で有名な真栄田岬から徒歩5分。売店もトイレ・シャワーもないのですがその分静かで、シュノーケリングを始め磯遊びには最適な海岸です。

巣穴(?)から顔をだすニセクロスジギンポ

巣穴(?)から顔をだすニセクロスジギンポ

リーフで囲まれたビーチは波も穏やかで、真栄田岬が遊泳禁止になった場合はここでダイビングの講習も行われていました。3回目の訪問だった昨日はリーフまで歩いていけそうな干潮で、タコを捕るお母さん方も見受けました。写真は巣穴から顔を出すニセクロスジギンポです。

ひょうきんな顔をしたヤエヤマギンポ

ひょうきんな顔をしたヤエヤマギンポ

干潮ですと所々に岩礁が顔を出しシュノーケリングはしにくいのですが、その分魚たちを近くで見られます。この日は今まで気づかなかった海底付近にいる魚や穴に潜んでいる魚も観察することができました。こちらのヤエヤマギンポは体色は地味ですが、よく見ると目の周りの色や頭上の皮弁がお化粧したみたいで可愛らしい。下半身の側線に沿った青色班もお洒落ですよ。

砂底に穴を掘っていたサラサハゼ

砂底に穴を掘っていたサラサハゼ

口で砂を咥えては吐き出し、巣穴作りをしていたのはサラサハゼ。写真では体色が黒っぽく見えますが、個体により『色彩は変異に富み』、その名は『緑褐色のような縦帯が更紗模様に似ている』ところから来ているそうです。

体側の青色班が特徴のスミツキトノサマダイ

体側の青色班が特徴のスミツキトノサマダイ

この日は本当に見られる魚の種類が多くて目移りしてしまうほど。最初はどれも同じに見えていた水族館等でお馴染みの熱帯魚、チョウチョウウオ科の魚たちも写真に撮って図鑑で調べてみると色合いや模様、斑紋が微妙に違います。間違い探しのようなニラメッコ作業で、こちらは『青色班が特徴』のスミツキトノサマダイと同定できました。

ご紹介した以外にも『日本産ダツ科の魚で一番細い』ヒメダツ、『タツノオトシゴの仲間』のヨウジウオ、『虫食い模様のある』アミアイゴ等々観察できましたが、見た途端に「ギョギョ」とした本日のトップは、『トゲに猛毒がある』海の危険生物ミノカサゴです。トンネル状になった穴の奥にユラユラ漂う美しい2個体を見た時は、写真を撮るより離れることを考えてしまいました。結局数枚撮った写真はどれもピンぼけで残念無念。次回を期します!

アカゲラの子育て

我が家にもほど近い林の中で、知人がアカゲラの巣を見つけたのは2週間ほど前のこと。翌日一緒に出掛け、巣穴にエサを運ぶ親鳥の姿を確認しました。あれから10日、カモフラージュテントの中で2時間粘って幼鳥と親鳥、一緒の姿を撮影することができました
幼鳥に給餌するアカゲラのオス

幼鳥に給餌するアカゲラのオス

この日は2時間で3回しか親がエサを運ばず、巣穴から顔を出しては親を呼ぶ幼鳥の姿ばかりが印象に残りました。翌日、翌々日と観察に出向きましたがアカゲラの気配がなかったことから、この日が巣立ちの日だったのかもしれません。 動画をYoutubeにアップしましたのでご覧ください。巣立ち間近のアカゲラ

恐竜博物館

念願だった福井の恐竜博物館、行ってきましたよ。1週間前の富山行では糸魚川経由でしたが、今回は平湯峠を通って高山~白川郷を回り、能登へと抜けました。和倉温泉に着いたのは日没間近、この付近で泊まることも考えたのですが、輪島近くの道の駅「千枚田ポケットパーク」まで夜道を走りここで車中泊。何故なら、この景色が見たかったからです。

白米千枚田の朝焼け

白米千枚田の朝焼け

「夕焼けがだめなら朝焼けを」の考えがドンピシャと当たり「ヤッター!」の気分。景色を堪能した後は輪島に戻り朝市見学しましたが、ここで自転車後部に「北海道」と書いている方に出会い思わずお声をかけてしまいました。聞けば定年退職後自転車で日本を回っているそうで、今回の目的地は沖縄なのだとか。連絡先の交換をしましたが、さて無事沖縄で再会できるでしょうか。

いざ恐竜の世界へ:展示室へのアプローチ

いざ恐竜の世界へ:展示室へのアプローチ

 3日目に恐竜博物館に行くつもりでしたが、「野外恐竜博物館」の予約は「2日前まで」と判り予約をいれ直したため訪問は4日目に持ち越しとなりました。「野外恐竜博物館」は後でご紹介しますが、まずは本館見学。恐竜の世界のへのアプローチはこちらのエスカレーターです。

恐竜博物館館内

恐竜博物館館内

館内は「恐竜の世界」「地球の科学」「生命の歴史」の3つにゾーン分けされていますが、やはり圧巻は44体の恐竜全身骨格やジオラマ、福井県で発掘された恐竜が展示された「恐竜の世界」ですね。詳細は博物館サイトにお譲りして、福井で恐竜が発掘されたその現場へ行ってみましょう!

世界で4点しかないと言う「恐竜出没注意!」の標識

世界で4点しかないと言う「恐竜出没注意!」の標識

「野外恐竜博物館」見学は専用バスによるツアー形式で予約制。所要時間は約2時間(バス往復約1時間、発掘現場見学と化石発掘体験1時間)で料金は一般1200円でした。博物館を出た専用バスはやがて「一般車進入禁止」の山道に入り、そこには「世界にここしかない」と言う標識がこちら、描かれているのはフクイベナートル・パラドクサスです。

天然記念物に指定されてしまった発掘現場

天然記念物に指定されてしまった発掘現場

発掘現場は手取層群北谷層と呼ばれる地層で、恐竜の骨化石以外にもワニ、カメ類の化石や足跡化石なども見つかっていると説明を受けました。隣接する展示場ではその一部を見ることができます。

発掘された恐竜たち(野外恐竜博物館パンフレットより)

発掘された恐竜たち(野外恐竜博物館パンフレットより)

この現場で発掘され学名が付けられたのは、フクイサウルス・テトリエンシス、フクイラプトル・キタダニエンシス、フクイティタン・ニッポネンシス、コシサウルス・カツヤマ、フクイベナートル・パラドクサスの5種。

発掘現場の解説板

発掘現場の解説板

現地説明と展示場案内の後は化石発掘体験広場に移動しました。ここには発掘現場で掘り起こされた石がが並べられています。ハンマーとゴーグルを渡されて、この石を実際に叩くことができるのです。時間が短すぎ何も見つけられませんでしたが、この野外恐竜博物館は絶対のお勧め。訪問予定日が決まったら、何はともあれ予約だけはしておきましょう!

海王丸総帆展帆

先週末富山方面にドライブ旅行に出かけました。初日は糸魚川のフォッサマグナミュージアムと滑川のホタルイカミュージアムを見学し、新湊の海王丸パークまで走るつもりでしたが、大町で山岳博物館付属園に寄り、フォッサマグナミュージアムをゆっくり見学、していたら既に4時。滑川に着いた時にはホタルイカミュージアムは閉館していました。

新湊海王丸パーク

新湊海王丸パーク

5月下旬まで生きたホタルイカが見られるということなので、ここはどうしても押さえたい。と言うことでこの日は隣接する道の駅で車中泊し翌朝一番で入館しました。受付で「今年は漁獲高が少ないため、ホタルイカの生体展示は明日までになります」と言われ、「やったね」とほくほく顔で見学し新湊に向かいました。海王丸パークは想像より広々としていて、6年前に開通した新湊大橋とのツーショットもバッチリです。

総帆準備中のボランティアさん達

総帆準備中のボランティアさん達

予定ではこの日能登半島の和倉温泉に向かうつもりでした。しかし、しかしです。「明日海王丸の総帆展帆がありますよ」と教えられ心はグラグラ。結局、「こんな機会は滅多にないから」と温泉は諦め今日も近くの道の駅で車中泊。翌朝10時に公園に行ってみると、ボランティア船員さん達がマストに登り帆を張る準備を始めるところでした。

すべての帆を張り終えた海王丸

すべての帆を張り終えた海王丸

作業開始からほぼ1時間、すべての帆を張り終えた海王丸は例えようもなく優雅な姿になりました。車中連泊はきつかったけれど、総帆の海王丸が見られたので満足です。予定が大幅に狂ったため能登半島は次の機会に譲り、飛騨高山経由で山荘に戻りました。

さて、「続きはいつ行こう」と戻った時から考えていました。天気予報で「来週中頃には天気が崩れ、梅雨入りの可能性もある」と報じていたので、急遽明日から出かけることにしました。今回の最終目的地は福井の恐竜博物館、それ以外は予定なしの旅行です。では行ってきます!

クロウミガメの交尾

中学の同級生が2人、沖縄に遊びに来ました。これまで数回の同窓会で会ったことがあるものの、行動を共にするなんて卒業以来?十年ぶりのことです。三者三様に年を重ねてはいるものの会ってしまえば昔のまんま、中学時代の名前で呼び合っていました。

美ら海水族館 黒潮の海大水槽

美ら海水族館 黒潮の海大水槽

到着日の夜はアメリカンビレッジの居酒屋「北谷御殿」で、旧交を温めながら滞在中の観光予定を決めました。沖縄に来たら「美ら海水族館は外せないでしょう」と言うことで、16日に引き続きまたまた水族館に行ってきました。こんな場合でも、年間パスポートがあるから安心です。

クロウミガメの交尾

クロウミガメの交尾

この日のトピックはクロウミガメの交尾を目撃したこと。ウミガメ館の小水槽で2頭が追いかけっこのような変な泳ぎ方をしていたので、「おかしいな?」と観察していたら、急に1頭がマウントして交尾を始めたのです。これは珍しいと少し動画も撮ったのですが、ちょっと生々しかったのでここではパス。地上に出て上から撮影したのがこちらの写真です。

クロウミガメ水槽

クロウミガメ水槽

水槽横の案内板には『2017年5月、初めての交尾確認。2017年8月、飼育下では世界初のクロウミガメの赤ちゃん誕生』とありました。赤ちゃん誕生を昨年の海洋博公園ニュースでは『2017年5月24日交尾を確認。2017年6月25日初産卵を記録。6月から8月にかけて5回の産卵を行い、計262個の卵を産出。8月27日に初めて孵化を確認』と報道しています。これから計算すると今年は。来月下旬に産卵行動、7月から8月にかけて赤ちゃん誕生が見られそうですね。

図書館で読んだある本には『オスは前肢にあるかぎ状の爪でメスの甲羅をつかみ、交尾中は自分では泳がずメスに任せっる』とありましたが、水族館のオスもその通りの動き(自力では動かない、と言う動き?)をしていました。