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 武寧王のことを調べはじめ、国史以前の古代日本に関しての記述で「ナルホド」と納得できたのが、金達寿著「日本古代史と朝鮮」で紹介されていた坂口安吾氏の文章でした。全文だと長くなるので、少し要約させていただきました。そのつもりでお読み下さい。
出土品の中で特に気に入ったのが、この金冠のヒスイです
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 『国史以前に、(中略)半島や大陸から絶え間なく氏族的な移住が行われ、(中略)多くの種族が入り混じって生存していたろうと思う。そのうち彼らの中から有力な豪族が現れ、次第に中央集権が争われるに至ったと思うが、特に目と鼻の先の三韓(高句麗・百済・新羅)がその代表であったに相違なく、彼らは母国と結んだり、また母国の政争の影響を受けて日本で政変を起こしたりしたこともあったであろう。』

 東アジアの古代史は、思っていたよりグローバルだったようです。この立場で歴史を見直すと、別の日本が見えてきます。今までどの程度信憑性があるのか判らなかった「日本書紀」に関して同書では、

 『天武天皇が亡くなると、日本ではまた一つ「政変」が起き、次の持統朝からは又百済系氏族が台頭しはじめた。8世紀に入ると日本古代国家の絶対化が行われ、「日本書紀」「古事記」が編纂された。その中で、朝鮮ではすでに滅びてしまった高句麗や百済を属国視し、新羅に対してはこれを敵視し、蕃国視するに至るのである。』と、記紀編纂の背景を語っています。
金の装飾金具が華やかな、王の木頭枕
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 武寧王の時代を調べていると「どちらの言い分が本当なんだろう」と疑問点が多かったのですが、「7世紀以前の列島には三韓の人々が多く移住し、母国と結びついて勢力争いをしていた」との観点に立てば、読み解くことが出来そうです。では武寧王の世界に戻って、彼の生涯を見直すことにしましょう。
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